1.希少性とコンテンツの経済学

コンテンツに価格を設定する方法について述べる。
コンテンツとは、楽しむために創られた情報である。
日本国の法律では以下のように定義されている。


第二条 この法律において「コンテンツ」とは、映画、音楽、演劇、文芸、写真、漫画、アニメーション、コンピュータゲームその他の文字、図形、色彩、音声、動作若しくは映像若しくはこれらを組み合わせたもの又はこれらに係る情報を電子計算機を介して提供するためのプログラム(電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わせたものをいう。)であって、人間の創造的活動により生み出されるもののうち、教養又は娯楽の範囲に属するものをいう。
「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律(平成十六年六月四日法律第八十一号)」より

1-1.情報財の特性と希少性価値説
コピー可能な情報自体には希少性がない。ゆえに情報自体には交換価値がない。もちろん情報にも、使用価値・効用はあるため、情報を生産する必要がある。経済学的には公共財として扱うことができるが、市場を通して提供したほうがユーザのニーズにあったコンテンツを提供できる場合が多い。そのためには、情報を何らかの希少性に帰着させて扱う必要がある。
情報の価値を収益に結びつけるダイソン・モデルでは、情報自体と収益ドライバを分けて、後者に希少性を帰着させることで収益があげられると述べている。具体的には以下のような方法が挙げられる。


(1) 定期購読(2) パフォーマンス(3) 知的サービス(4) 電子知的サービス(5) メンバーシップ・サービス(6) オフライン会議(7) 製品サポート(8) 派生商品(9) 広告(10) スポンサーシップ(11) 複製販売
情報財の価値について、佐々木裕一(2000)は、希少性に帰着させるモデルを分類し、その後、編集価値に対して報酬を支払うことの必要性と限界を述べている。

編集価値モデルは情報の「価格」や希少性という要素ではなく、情報の「価値」、すなわち編集価値に対して報酬を支払うものであり、情報の価値を可能なかぎり正確に評価しようという方針と、その報酬をより直接的に情報の発信者に対して還元しようという方針を包含している。

国領(1997)は、「ネットワーク上における「無償デジタル財」との競争」で、情報の非物財的な特性の表面化として、情報流通における「変動費の低さ」・「課金コストの高さ」を挙げている。
変動費の低さ」とは、インターネットインフラを使った情報財のコピーでは変動費が無視できるほど低くなるため、限界コストを基礎にした現状の新古典派の価格理論では、インターネット内経済は価格ゼロの世界になることを意味する。また、「課金コストの高さ」とは、安価な小額決済(マイクロペイメント)の普及が進んでおらず、普及しているクレジットカード決済は利用料が高いため、単価の安い情報財を販売するのが難しいというものである。(ただし、近年マイクロペイメントの利用料の価格下落が著しいために変わりつつある)
このことにより、情報財は広告モデルと相性がよく、2006年現在、多くの情報提供を行う商用ウェブサイトが広告モデルによって、運営されている。

1-2.情報財の原価計算と労働価値説
情報財の価格決定理論は未だ構築されていない。上記のような希少性に帰着させるもの以外では、ヴァリアン(1998)の「ネットワーク経済の法則」で、情報の制作(生産)には初期コストがかかるが追加生産(複製)のコストは極めて低いため、情報の価格はコストベースではなく、顧客が認めた価値ベースとなる、と述べられている。
情報財・特に受注生産の商用ソフトウェアの価格を決定する手法として一般的に行われているのは、情報財を生産するのにかかった人件費等の初期コストを人月ベースの原価計算により積み上げ、それをもとに顧客が認める範囲で対価を請求するというものである。これは素朴な労働価値説である。
パッケージソフトウェアでは、通常、初期コスト=価格×見込み顧客となるように価格をつけて販売する。独占状態にある場合は、顧客が認める限りの高い値段をつけて販売する。(例:マイクロソフト)代替製品との激しい競争を望む場合は、顧客が認める価格が限りなく0に近づくために、広告モデルが採用される。(例:グーグル)
コンテンツではブランディングによる充分な差別化ができれば、事実上の独占状態を築ける。しかし、消費者がそのブランドを認めてくれない場合、代替財との競争は避けられない。その場合は、競争の結果、顧客が認める価格へと値段が収斂する。顧客が認める値段は顧客ごとに違う(琴坂、2004)のでパッケージや販売時期によるバージョニングによって違う値段で販売することも可能である。

例:ソフトウェアの価格設定の仕方についての話:ラクダとおもちゃのアヒル


上記のようにコンテンツから収益を上げるにはさまざまな手法があるが、この論考では、現状進行している、コンテンツの広告(アフィリエイトアドセンス)とのバンドルによる無料化に耐えうる形での、原価決定の仕方を考えてみたい。そのためには、コンテンツ生産コストそのものの希少性を、価値としてとらえるのをやめて、価格を設定する根拠となるものとして捉えてみたい。
コンテンツは購買前には中を見れず、概要を見れるだけである。そのため、使用価値がない状態でも価格がつくという特性がある。これは受注生産になじみやすい特性であり、実際に小規模なコンテンツの受託開発や受託研究等はオフラインでは一般的である。その場合、素朴な労働価値説に基づく人月計算が行われる場合もあるが、顧客側の認める高価格・低価格で発注が行われることもある。その際、(まだコンテンツはできていないので)何に価値を認めているのかはよくわからないのでおいといて、オークションで部分的にモデル化できる価格交渉によって、実際の価格は決定していると捉えられる。
そこで、顧客が認める価格=コンテンツ生産コストとなるものだけが受注生産されるような仕組みを、オークションによる価格決定を通じて、インターネット上で実現する方法を考えたい。

2.コンテンツ生産のオークション方法の分類

コンテンツ生産をオークションする方法を分類する。コンテンツ生産をオークションするとは、コンテンツの生産過程に、オークションの仕組みを取り入れることである。これによって、コンテンツの生産の価格を決定することができるようになる。
分類と開発というのは、理論的な可能性空間を設定し、その中での分類を考えながら、既存のビジネスモデルにはない新しいものを探索するということである。
(コンテンツの生産の価格を決定するとは、コンテンツの価格を決定することではない。完成したコンテンツの価格をオークションで求めることは、情報財の特性上、不可能ではないが難しい。
コンテンツの価格は消費者が認める価格ならば、恣意的に決定することができる。代替品との不完全競争によってその値段は限りなく0へと近づいていくが、ブランドによる独占性のあるコンテンツ・新しいコンテンツの価値は高いためバージョニングによって利益を上げることができるだろう。)



2-1.オークション手法の分類
オークションとは、販売の目的でオークション市場に出品された物品・サービスに対して、買い手が価格を競りながら最終的に最も高い価格を提示した買い手が購入できる販売方式である。

よく使われるオークション手法は、扱う商品の種類:個別商品=単一財を扱うか同質商品=複数財を扱うか、売り手と買い手のどちらを固定するか:複数品オークションか逆オークションか、情報の非対称性の有無:せりか入札か、の基準で分類できる。
扱う商品の種類で、まず分類する。通常のオークションでは商品を一つしかない希少な財(単一財:個別商品)として扱うために、必然的に売り手側の供給曲線が固定され、価格が競り上る。「売る個別商品1:買い手多数」の状況である。複数個ある同質で希少性が低い財(複数財:同質商品)として扱う場合は、売り手側の供給曲線を固定すると複数品オークション(ダッチオークション)に、買い手側の需要曲線を固定すると逆オークションとなる。それらをオークション(せり)と封印オークション(入札)に分類する。するとオークションの六つの類型が得られる。



2-1-1.よく使われるオークションの六つの類型

■オークション
「売る個別商品1つ:買い手多数」

  • 1.オークション(イングリッシュオークション)

通常のオークションである。
例:ビッダーズヤフーオークション、ebayの単数品オークションなど

  • 2.封印オークション

最高価格・入札履歴が目に見えないオークション。
例:政府所有物品の一般競争入札など


■複数品オークション
「売る同質商品1種類複数個:買い手多数」

  • 3.非封印複数品オークション(非封印ダッチオークション)

複数のものを出品し、最高価格・入札履歴が目に見える。

  • 4.ダッチオークション(複数品封印オークション)

入札が同時に行われる間、他の入札者の価格はわからない。
例:複数落札制度など


■逆オークション(反転オークション)
「売り手多数:買う同質商品1種類1つ」

  • 5.逆オークション

例:プライスラインの航空券逆オークションなど

  • 6.逆封印オークション

例:事業の発注の競争入札など


参考資料:政府のせりと入札による様々な売却方法
主な売却方法の比 較



2-1-2.有名なオークションの概念説明
様々なルールのオークションの説明は以下の通りである。本論考では、以下に述べられているオークション以外は、分類のために造語したオークション名を使用している。注意されたい。

■逆オークション(reverse auction)
逆オークションでは、ある商品を買う者が欲しい商品の条件や希望金額を提示し、売り手の間で価格入札を行わせて、最も安い価格を入札した者から購入を決定する。すなわち、買い手が売り手を選定している。 通常のオークションとは、オークションされる商品の種類と売り手・買い手の組合せが異なる。通常のオークションでは「売る個別商品1:買い手多数」であるが、逆オークションでは「売り手多数:買う同質商品1」である。また、そのため値段をだんだん下げていくというオークションのかたちを当然とることになる。

■封印オークション(Sealed-Bid Auction)
入札者が入札を行う際に、他の入札者がつけた価格情報(最高価格・入札履歴)が分からないようにするオークション。それによって、談合を禁止した場合、自分の入札価格を正直に提出するインセンティブを付与することができる。

■ダッチ・オークション(Dutch auction)(差別価格オークションも含む)
同質商品(複数財)が複数個ある場合、落札者の中で最低価格をつけた人と同じ価格ですべての落札者が購入できるという方式
ダッチオークションのような複数財オークションについては、同一価格オークションと差別価格オークションに分けられる。同一価格オークションが通常のダッチオークションである。
差別価格オークションとは、入札者リストの入札額が高いほうから順番に、商品の個数分だけ、入札者ごとの入札額で販売するという方式。差別価格オークションについても、様々な亜種、ヴィックリー・オークション、オーサベル・オークション、メニュー・オークションがある。各々のオークションにおいて必要に応じて情報の非対称性の有無・入札方法・落札価格の決定方法が設定される。
各種オークションの概要:坂原樹麗
(後日追記:リンク切れ。また、ミルグラムのオークション理論(メカニズムデザイン理論)によると、各種オークションは新古典派経済学的観点から見た単なる差別価格オークションではない。需要曲線と供給曲線の構成自体の話であるようだ。ゆえに上記の言い方には語弊がある。)

■シュービックのドルオークション(The Dollar Auction)
1ドル札をオークションにかける。その際のルールとして、「一番高い競値をつけた人が1ドル札を落札し、二番目に高い競り値をつけた人は、何も貰えないが、つけた金額だけオークション主催者に支払わなければならない」というものを設定する。すると、一度オークションに参加した人は、競っている途中で損をしたくないと思い、値を吊り上げることになる。
一人目が1ドルと二人目が99セントをつけた時点で、決着するはずだが、その時点での追加の2セントで99セントの損失をカバーできるために、入札することが合理的になる。サンクコスト(埋没費用) を切り捨てる損切りの考え方をとりいれることでこれは解決できるように見えるが、オークションに参加中の時点では費用はまだ確定していないため、解決できない。モデルとしては、ゲーム理論の「囚人のジレンマ」でモデル化できるため、「囚人のジレンマ」の解決手法をいくつか応用できる。



2-1-3.実際に使われているオークションの分類

楽天のスーパーオークションの分類


楽天スーパーオークションでは2種類の「入札状況」、3種類の「入札形式」からそれぞれひとつが選ばれ、計6形態の出品方法が混在しています。
オープンとは入札履歴が開示されているオークションを、クローズドとは入札履歴が非公開のオークションをクローズドオークションといいます。
取り扱い個数が1個のオークションはすべてシングルオークションです。入札価格が一番高い方が落札対象者となり、入札した価格での購入が可能となります。
(パワーオークションとは、)入札価格の高いほうから順に落札対象者となり、入札した価格での購入が可能となるオークションです。
(ダッチオークションとは、)別名、ボトムラインオークションとも言われる方法で、同一商品が複数個ある場合に、最も高い価格での入札から順番に、出品されている個数分が落札対象となります。また、落札対象者の中で付けられた、最も低い価格で全員購入することが可能です。
楽天市場Q&Aより


これは、(入札形式)単一財か複数財かで分けて、その複数財オークションを落札設定価格で分けたものを、(入札状況)競り上げながら入札であるか否かで分けたものである。
出品したものの入札履歴が目に見えないのが、本来の封印オークションであるが、ネットオークションでは価格が競りあがるように、封印オークションにおいても、最高入札額のみを表示する。以下、これを「競り上げながら入札」と名づける。
(後日追記:これは、ミルグラムの標準的教科書の翻訳によると、一般的には「競り上げオークション」と翻訳されるタイプのオークション形式の一部であるようだ。「競り上げオークション」は、もっと幅広い形式のオークションの設計自体を指す。)
楽天スーパーオークションの用語を、本論考で使われる用語と対照させ、他の日本の汎用オークションサイトの一部オークションも事例としてあげる。

【凡例:楽天でのオークション名(=本論考でのオークション名)】

■シングルオークション(=オークション)

  • オープンオークション(=オークション)
  • クローズドオークション(=競り上げながら入札)

■パワーオークション(=差別価格オークション)

  • オープンパワーオークション(=差別価格オークション)
  • クローズドパワーオークション(=封印差別価格オークション)

事例:ヤフーオークションでの複数出品(封印差別価格オークションだが、上から複数個の価格が見える。ちょっとだけ封印した差別価格オークション=差別価格競り上げながら入札)

■ダッチオークション(=複数品オークション)

  • オープンダッチオークション(=非封印複数品オークション)
  • クローズドダッチオークション(=ダッチオークション亜種・複数品競り上げながら入札)

事例:ビッダーズオークションでの複数出品(ダッチオークションだが最高価格が見える。複数品競り上げながら入札)
となる。




2-2.コンテンツ生産のオークション手法の分類
コンテンツ生産のオークションとは実質的には所有権つまりコンテンツの株式をオークションにかけることである。株式は同質商品である。
そのため、使用するオークションを、ダッチオークション(売り手によるコンテンツの生産)と逆オークション(買い手によるコンテンツの発注)とに分類する。せりか入札か、最低価格の設定は具体的な応用において問題となる。

■ダッチオークション(売り手によるコンテンツの生産)
「売る同質商品1種類複数個:買い手多数」
コンテンツファイナンスを、ブックビルディングではなくて、ダッチオークションで行う。
コンテンツの株式をオークションにかけるには、ダッチオークション型のIPOの形式に従い、入札を行い販売することができる。
例:グーグルのIPO
その際には、差別価格オークションもとることができる。
また、理論的には、ヴィックリー・オークション、オーサベル・オークション、メニュー・オークションをとることもできる。

■逆オークション(買い手によるコンテンツの発注)
「売り手多数:買う同質商品1種類1つ」
コンテンツの生産を逆オークションにより行う。
コンテンツの発注を競争入札するには、ほしいコンテンツを要望し、それに応えてコンテンツの概要と入札価格が集まり、そこから一点を発注するというかたちになる。Q&Aサイト型のコンテンツの発注がそれに近いが、コンペ参加料としての回答料を払った後で、さらに、詳しい回答を求めて前金を払い、その後、詳しい回答がなされたら後金を払うという方法をとれるという受注生産型のQ&Aサイトのようなものを念頭においている。
また、受託調査等のコンテンツ提供サービスを逆オークションにかけるサイトも考えられる。


2-3.マイクロコンテンツにおける売り手と買い手
小規模なコンテンツファイナンスでは、売り手を、生産者として、買い手を、発注者兼投資家兼消費者であるとすることができる。受注生産の発注者は、契約により所有権の一部の利益分配の権利を求めることで投資家になる。また、発注者は主として自分が読みたいから発注するために第一の消費者でもある。

事例:ミュージックセキュリティーズ


また、マイクロコンテンツにおける買い手から売り手への支払いは寄付であると看做すことができる。
寄付と支払いの経済学的な差は何であろうか。それは、購入する財の種類の違いである。寄付は公共財を購入するが、支払いは私有財を購入する。寄付は公共財の生産への主観的受益者からの自発的な税金の供出であると看做すことができる。つまり、寄付は、公共財の生産関数に対する支払いである。情報財という公共財においては情報生産労働者の賃金が生産関数のほとんどを形成する。そこで、寄付は、情報財の生産に関わる人への賃金の支払いであると看做すことができる。
生産された情報財は完全に非競合的な純粋公共財である。しかし、生産される前の情報財は生産コストに競合性のある準公共財である。また、利用制限やコピー制限がかけられた情報財は、競合性はないが排他性はある私有財である。(生産される前の情報財=生産コストに競合性のある準公共財を、レッシグ(2001)を参考に共有財(コモンズ)と呼ぶこともできる。)
公共財としての情報財の消費者は、どのように情報財の生産に対して対価を払えばよいのだろうか。公共経済学によると、税金またはその代替物としての寄付、ここではつまり情報財の生産に関わる人への賃金の支払いによって行うのが非排他的な財の利用を最も効率化する。
そこで、マイクロコンテンツの生産におけるファイナンスにおいて、情報財の生産に関わる人への発注者による賃金の支払を、基本的に寄付であると看做す。その対価は、できあがった公共財としてのコンテンツの閲覧・利用である。その上で、既存の著作権の上に契約による利益分配スキームを重ねて、利益分配権という対価を求める投資家による投資として、生産者の権利・一部投資家の権利を規定する。(生産者の著作者人格権は保持される)

参考資料:非営利セクター寄付金市場の日米比較

3.新手法の開発

コンテンツ生産にインセンティブを与える方法として、思いついたものは三つあった。「コンテンツ株取引の予測市場」・「マイクロコンテンツファイナンス」・オークションのコンテンツ生産への応用としての「ミズノオークション」である。
それぞれ、簡単に述べると、
「コンテンツ株取引の予測市場」とは、コンテンツ生産前に株を発行し、株価が高くなったものから生産されるというものである。要は「はてなアイデア」のコンテンツ版である。
「マイクロコンテンツファイナンス」とは、コンテンツ生産時に、グループに対して与信を与えてコンテンツを発注し前金を貸し出すことで、やる気を出して生産するための仕組みである。 グラミン銀行のような五人組制度によって、マイクロコンテンツにマイクロファイナンスを行うというものである。
上記二つは巷間でも考えられていることのようだ。実装においては、機能として考慮することになるだろう。
オークションのコンテンツ生産への応用とは、コンテンツ生産過程にオークションを組み込むことで、コンテンツの生産の価格の決定を行うことである。様々な応用の仕方が考えられるが、それは2章で軽く考えた。ここでは、実装に向けて深く考えた「ミズノオークション」について述べたい。


3-1.ミズノオークション(寄付コンテンツカブオークション)
ミズノオークションとは、ドルオークションを複合した差別価格オークションの一種である。
コンテンツの所有権の一部である利益分配権(以下、コンテンツカブ)を、コンテンツ生産前に寄付オークションにかけることに使われることを想定している。
(コンテンツカブの「カブ」とは株式ではなく利益分配権である。宿根性の植物の株分けを想起されたい。)
(寄付オークションとは、オークション形式で行われた寄付全般のことである。)
(寄付オークションは対価の問題により、通常の排他性のある物財の商取引には応用しがたい。ゆえに、ミズノオークションとして定式化されるもの以外は、利用されないだろう。)
名前については、「水のオークション」つまり水利権のオークションのようなイメージを持っていただきたい。もちろん、私の名前が水野であることから命名した。ラリー=ページの「ページランク」のようなものである。
ちなみに、アナロジーについていえば、コンテンツから上がる利益を水に喩えている。水利権は占有権であるが、ここではコンテンツの利益分配権を占有権として捉えている。国の河川の所有権=コンテンツ生産者の著作権、河川管理者=オークション主催者、許可水利権者=コンテンツ株取得者である。

ミズノオークションとは、「売る同質商品1種類複数個:買い手多数」という複数品オークションであり、封印オークションであり、差別価格オークションである。
また、ドルオークションの応用である。ドルの代わりにコンテンツカブを出品し、一番目の支払にはコンテンツカブという対価を渡す。二番目以降の支払いを、主催者=売り手へ行うという規定を、二番目以降の支払いを主催者=売り手=コンテンツ生産者への寄付と看做すとする。ドルオークションの問題点である、サンクコストが埋没しないまま、動的な競り上げ状況が続くという状況に対応するために、オークション(せり)ではなく封印オークション(入札)を採用する。

ルール
「入札前にこのオークションは寄付であり、対価を求めた支払いではないということを明示する。一番高い入札価格をつけた人がコンテンツカブを落札し、二番目以降に高い入札価格をつけた人たちは、何も貰えないが、つけた金額だけオークション主催者に支払わなければならない」というものを設定する。


この方式をとる利点は、以下の三点である。

0.生産される前に値段をつけられる。

1.公共財としての情報財を生産する際には、寄付によって賄うと、コンテンツの利用の非排除性を担保できる。(DRMをかけない、もしくはゆるいDRMで利用可能にできる)

2.人々の支払意思の中の対価を求める部分と対価を求めない部分をバンドリングすることで、寄付を行う人の支払意思を明確にできる。

0は、コンテンツ生産過程に着目すること、1は、寄付に着目すること、2は、オークションに着目することで得られる利点である。0と1については、前章までに詳しく述べたので、以下は、2について述べる。
例えば、通常のチャリティオークションでは、商品の価格+寄付金を一括して主催者=出品者を通して公共財生産団体へと寄付することで、人々の支払意思の中の対価を求める部分と対価を求めない部分をバンドリングしている。その際には、商品が欲しくて商品の価格を競り上げることの中に寄付をしたいことを混ぜて、結果として商品の価格を競り上げて、寄付の額を大きくしている。
これは以下のように説明できる。寄付を行う人は自分がその公共財からどれだけの効用を得ているのか明確に理解していないため、明確な対価を求めず、また、明確な対価を支払わない。明確に理解していても、少ない対価で済まそうとすることが多い。そこで自発的意思に基づく寄付金をより正直に払うようにするために、寄付に対してインセンティブをつける。政府が行う場合、税控除をつけることが多いが、民間で行う場合は、物品販売とのバンドリングや、営利主体による寄付の上乗せ、などを行うことが多い。どちらにしろ、寄付への意思を何かとバンドリングすることで寄付を行う人の支払意思を明確化している。寄付と懸賞のバンドリングもたまに行われる。ここでは、寄付とコンテンツカブのオークションのバンドリングを行っている。
オークションという形式をとることで、通常のバンドリングと異なり、高い値をつけた場合には、対価としてのコンテンツカブが手に入るかもしれないというインセンティブがあるため、より高い値段をつけようとする。また、その際にバンドリングされるものは、コンテンツカブつまりコンテンツからの利益分配権に対する評価と、寄付金=自分がコンテンツから得られる利益である。コンテンツカブに対する評価額が高い=他の多くの人が生産後の公共財に対して寄付をすると考えているということは、自分もそのコンテンツに対する評価額が高い場合が多いと考えられる。(自分が好まないものを生産することを望むことは、マイクロコンテンツの生産ではあまりないと考えられる)
他人がコンテンツから得られる利益を分配してもらう可能性とバンドリングすることによって、自分がコンテンツから得られるであろう利益の評価を明白にするというインセンティブを付与することができる、と考えられる。


3-2.プラットフォームへの実装案

編集者・生産者・消費者兼投資家に対してプラットフォームを提供する。
編集者が主体となり雑誌のような記事群の概要をつくる。
その記事群を生産者に対して逆オークションすると同時に、消費者に対してミズノオークションする。
消費者からの寄付の総額が、生産者の生産希望価格を上回れば、生産が行われる。
プラットフォーム提供者は、ミズノオークションに対して利用手数料を課す。
また、広告収入・あれば生産後のコンテンツからの収入、に対して利益分配権を、生産者80%・筆頭投資家10%・プラットフォーム提供者10%くらいで付与しておいて、分配する。

より細かいプランは本稿の趣旨を外れるためここでは述べない。
問題になる点として、
・マイクロコンテンツの対象としてどこまでが適用可能なのか。
(最初はテキストだとしてもどの分野のテキストにするか)
・生産側・需要側ともにある程度の人数がいるコンテンツでないと、オークションが実現しない。
などが挙げられる。
それは、実際にやってみれば、おいおい判明していくであろう。

(後日追記:現状、こういったサイトは存在しない。ミズノオークション自体の応用としては、投資意思決定における管理会計の仕組みとして使えると思い、応用を考えている。広い意味でのコンテンツの生産の中でもブランドの生産の際のブランド構築費(特にグローバルタレントとの契約費)の部門ごとへの配賦を考える際に、今まではケインズの言う意味での美人投票で行っていた意思決定が、ミズノオークションで行えるようになると思う)

「ミズノオークションをつくる」あとがきと謝辞

この論考では、インターネット上でのコンテンツ生産にインセンティブを与える方法の分類と開発を行った。

インターネット上のマイクロコンテンツ(主にブログの記事を念頭においている)の生産に金銭的インセンティブを与えるにはどうすればよいのか、というのが私の問題意識である。既存のブログに対する金銭的インセンティブを増やせば、よりよい記事がたくさん読めるようになると思うからである。

コンテンツ生産における金銭的でないインセンティブの分類や研究については、国領二郎氏・金子郁容氏・佐々木裕一氏ほかの著作・論文を参考に願いたい。
また、コンテンツ生産における金銭的インセンティブについての研究についても、国領二郎氏・坪田知己氏の両担当教授・佐々木裕一氏・濱野智史氏・池貝直人氏・境真良氏・琴坂将宏氏・射場本健彦氏・島田敏宏氏の著作・論文・発表・研究会での発言を大いに参考としている。また、あえて名前は挙げないが、国領二郎研究プロジェクト群・次世代メディア研究会のメンバーの意見も参考としている。感謝したい。

なお、本論考の文責はすべて水野創太が負うものである。特に、本質的に間違っている部分、文体の発散、根本部分の奇妙な哲学観などは、特有のものがあると思うが、ご容赦願いたい。表面的に間違っている部分は直すのでご連絡ください。

「ミズノオークションをつくる」参考文献

國領二郎、『オープン・アーキテクチャ戦略』、ダイヤモンド社、1999年.

國領二郎「ネットワーク上における「無償デジタル財」との競争」、1997年.

佐々木 裕一・北山 聡、『Linuxはいかにしてビジネスになったか―コミュニティ・アライアンス戦略』、NTT出版、2000年.

金子郁容ほか、『シェアウェア もうひとつの経済システム』、NTT出版、1998年.

梅棹忠夫、情報の文明学、中央公論社, 1988年.

Shapiro, Carl and Hal R. Varian, "Information Rules," Harvard Business School Press, 1998.(邦訳:千本倖生監訳・宮本喜一訳、『「ネットワーク経済」の法則』、IDGジャパン、1999年.)

Lessig, Lawrence, "CODE and other laws of cyberspace," Basic Books, 1999.(邦訳:山形浩生・柏木亮二、『CODE ― インターネットの合法・違法・プライバシー』、翔泳社、2001年.)

Lessig, Lawrence, "The future of ideas: the fate of the commons in a connected world," Random House, 2001.(邦訳:山形浩生、『コモンズ―ネット上の所有権強化は技術革新を殺す』、翔泳社、2002年.)

Lessig, Lawrence, "Free Culture: How Big Media Uses Technology and the Law to Lock Down Culture and Control Creativity," Penguin, 2004.(邦訳:山形浩生・守岡桜、『FREE CULTURE』、翔泳社、2004年.)

卒業制作:論文:コンテンツ生産にインセンティブを与える方法の分類と開発

論文タイトル:コンテンツ生産にインセンティブを与える方法の分類と開発
サブタイトル:〜ミズノオークションをつくる〜
英文タイトル:Thinking through Making Mizuno-Auction

1.希少性とコンテンツの経済学
1-1.情報財の特性と希少性価値説
1-2.情報財の原価計算と労働価値説

2.コンテンツ生産のオークション方法の分類
2-1.オークション手法の分類
2-1-1.よく使われるオークションの六つの類型
2-1-2.有名なオークションの概念説明
2-1-3.実際に使われているオークションの分類
2-2.コンテンツ生産のオークション手法の分類
2-3.マイクロコンテンツにおける売り手と買い手

3.新手法の開発
3-1.ミズノオークション
3-2.プラットフォームへの実装案

参考文献

あとがきと謝辞