1.希少性とコンテンツの経済学

コンテンツに価格を設定する方法について述べる。
コンテンツとは、楽しむために創られた情報である。
日本国の法律では以下のように定義されている。


第二条 この法律において「コンテンツ」とは、映画、音楽、演劇、文芸、写真、漫画、アニメーション、コンピュータゲームその他の文字、図形、色彩、音声、動作若しくは映像若しくはこれらを組み合わせたもの又はこれらに係る情報を電子計算機を介して提供するためのプログラム(電子計算機に対する指令であって、一の結果を得ることができるように組み合わせたものをいう。)であって、人間の創造的活動により生み出されるもののうち、教養又は娯楽の範囲に属するものをいう。
「コンテンツの創造、保護及び活用の促進に関する法律(平成十六年六月四日法律第八十一号)」より

1-1.情報財の特性と希少性価値説
コピー可能な情報自体には希少性がない。ゆえに情報自体には交換価値がない。もちろん情報にも、使用価値・効用はあるため、情報を生産する必要がある。経済学的には公共財として扱うことができるが、市場を通して提供したほうがユーザのニーズにあったコンテンツを提供できる場合が多い。そのためには、情報を何らかの希少性に帰着させて扱う必要がある。
情報の価値を収益に結びつけるダイソン・モデルでは、情報自体と収益ドライバを分けて、後者に希少性を帰着させることで収益があげられると述べている。具体的には以下のような方法が挙げられる。


(1) 定期購読(2) パフォーマンス(3) 知的サービス(4) 電子知的サービス(5) メンバーシップ・サービス(6) オフライン会議(7) 製品サポート(8) 派生商品(9) 広告(10) スポンサーシップ(11) 複製販売
情報財の価値について、佐々木裕一(2000)は、希少性に帰着させるモデルを分類し、その後、編集価値に対して報酬を支払うことの必要性と限界を述べている。

編集価値モデルは情報の「価格」や希少性という要素ではなく、情報の「価値」、すなわち編集価値に対して報酬を支払うものであり、情報の価値を可能なかぎり正確に評価しようという方針と、その報酬をより直接的に情報の発信者に対して還元しようという方針を包含している。

国領(1997)は、「ネットワーク上における「無償デジタル財」との競争」で、情報の非物財的な特性の表面化として、情報流通における「変動費の低さ」・「課金コストの高さ」を挙げている。
変動費の低さ」とは、インターネットインフラを使った情報財のコピーでは変動費が無視できるほど低くなるため、限界コストを基礎にした現状の新古典派の価格理論では、インターネット内経済は価格ゼロの世界になることを意味する。また、「課金コストの高さ」とは、安価な小額決済(マイクロペイメント)の普及が進んでおらず、普及しているクレジットカード決済は利用料が高いため、単価の安い情報財を販売するのが難しいというものである。(ただし、近年マイクロペイメントの利用料の価格下落が著しいために変わりつつある)
このことにより、情報財は広告モデルと相性がよく、2006年現在、多くの情報提供を行う商用ウェブサイトが広告モデルによって、運営されている。

1-2.情報財の原価計算と労働価値説
情報財の価格決定理論は未だ構築されていない。上記のような希少性に帰着させるもの以外では、ヴァリアン(1998)の「ネットワーク経済の法則」で、情報の制作(生産)には初期コストがかかるが追加生産(複製)のコストは極めて低いため、情報の価格はコストベースではなく、顧客が認めた価値ベースとなる、と述べられている。
情報財・特に受注生産の商用ソフトウェアの価格を決定する手法として一般的に行われているのは、情報財を生産するのにかかった人件費等の初期コストを人月ベースの原価計算により積み上げ、それをもとに顧客が認める範囲で対価を請求するというものである。これは素朴な労働価値説である。
パッケージソフトウェアでは、通常、初期コスト=価格×見込み顧客となるように価格をつけて販売する。独占状態にある場合は、顧客が認める限りの高い値段をつけて販売する。(例:マイクロソフト)代替製品との激しい競争を望む場合は、顧客が認める価格が限りなく0に近づくために、広告モデルが採用される。(例:グーグル)
コンテンツではブランディングによる充分な差別化ができれば、事実上の独占状態を築ける。しかし、消費者がそのブランドを認めてくれない場合、代替財との競争は避けられない。その場合は、競争の結果、顧客が認める価格へと値段が収斂する。顧客が認める値段は顧客ごとに違う(琴坂、2004)のでパッケージや販売時期によるバージョニングによって違う値段で販売することも可能である。

例:ソフトウェアの価格設定の仕方についての話:ラクダとおもちゃのアヒル


上記のようにコンテンツから収益を上げるにはさまざまな手法があるが、この論考では、現状進行している、コンテンツの広告(アフィリエイトアドセンス)とのバンドルによる無料化に耐えうる形での、原価決定の仕方を考えてみたい。そのためには、コンテンツ生産コストそのものの希少性を、価値としてとらえるのをやめて、価格を設定する根拠となるものとして捉えてみたい。
コンテンツは購買前には中を見れず、概要を見れるだけである。そのため、使用価値がない状態でも価格がつくという特性がある。これは受注生産になじみやすい特性であり、実際に小規模なコンテンツの受託開発や受託研究等はオフラインでは一般的である。その場合、素朴な労働価値説に基づく人月計算が行われる場合もあるが、顧客側の認める高価格・低価格で発注が行われることもある。その際、(まだコンテンツはできていないので)何に価値を認めているのかはよくわからないのでおいといて、オークションで部分的にモデル化できる価格交渉によって、実際の価格は決定していると捉えられる。
そこで、顧客が認める価格=コンテンツ生産コストとなるものだけが受注生産されるような仕組みを、オークションによる価格決定を通じて、インターネット上で実現する方法を考えたい。