クリックポストクイックその一

クリックポストクイック


1つやつやひゅーひゅーぷよぷよ

わたしは、リアリティをどこかでなくしてしまったみたい。わたしは、ここにきて、てんで、かんじかたが、わからなくなっていることにきづいてる。エモーショナルなフィーリングが、ばかみたいなの。リアリティをなくすというのが、どんなかんじなのかというと、こころが、おふろにはいったときみたいにフローでフリーなステイトになるの。それは、たびにでるのとはちがうのよ。たんに、システムが、かってに、おどりだしているの。
わたしが、リアリティをなくしたことにきづいたのは、サーチテキスタイルシティのワイルドリバーというちいさなかわのそばをあるいているときだったの。そこはどうってことのない、いえいえがたちならぶエリアだった。
いえいえいえいえいえ。
かわ〜〜〜〜〜〜〜〜。
いえいえいえいえいえ。
ちかくには、ワイルドリバーパークやサーチテキスタイルエアポートがあって、それをとおくにながめていたものなの。
わたしはリアリティをなくしてしまったけれど、おもいではいくつももっていたわ。それはだんだんとリダンダントになって
ふえてってってたわ。わたしは、スターポートでうまれたの。わたしのなまえは、テトラ。わたしはわたしのことをテトラりんというのよ。なんでこんなところまで、やってきたのかには、いろいろとわけがあるの。
かいつまんでストレートにいえば、わがシステムのうちがわから、うらぎりものがでたの。たくさんのセルがともにはかりごとをして、わがシステムからいろいろなリアリティをぬすんでいったの。ひとつめのセルについてはわかっていて、ペーパーガールというの。まずは、ペーパーガールをみつけて、かのじょがぬすんでいった、わたしのかんじ・もと・あい・われのかけら、たまごのたべかた、なんかをとりもどさなくっちゃ、いつまでも、こんなかんじでかんがえているわけにはいかないのよ。こんなかんじまるであたまがポーチドエッグのようよ。

そうはいっても、わたしはかんじかたがわからないの。わたしがみているものは、まるで、よみのせかいのかんじかたみたい。せかいって、どうよべばいいのかしら? そこにこのせかいをりかいするかぎが、あるきがするのだけれども。りかいすれば、わたしは、あるきだせるとおもう。ペーパーガールにぬすまれた、わたしのなまえのかけらのかんじ?をさがしてるの。テトラであることは、たしかなんだけど、りんがりんじゃないようなきがするのよね。りんって、まるで、ゆうきりんりんってうたみたいじゃない。「さん」や「たん」のたぐいの「りん」ではないのよ。


「ほしいものがほしいんじゃないの?」
ワイルドリバーパークで、わたしは、ベンチでぼうっとしながら、まわりのひとのはなしを、きくともなくきいていた。
「「ききたいことがききたい」ことが、ききかいかいなんでしょう」
「ちがう。「いいたいことがいいたい」のが、いたいじなのが、いじりたいんだ。この、さいとーのきもち、わかるかな。なべとはちがうのだよ、なべとは。」
わたしは、まるでわからなかった。
「なべとやかんはたいしてかわらないわ。でも、さいは、ちがうはね」
さいは、ちがう。さいには、つのがあるから、ちがうのだろうか。なべとやかんもちがうとおもうけど。

ことわっておきたいのだけれど、わたしは、わからないわけではない。かんじかたをみうしなってしまっただけなのだ。
いえないこともないのだ。
「こんにちわ」
こごえでつぶやいてみる。ほら、いえる。


ゴッドエイジボタニカルガーデンには、さまざまな木がうわっていた。わたしは、そこで、そばをたべながら、かんじかたをひとつとりもどした。木を、きをつけてよくみると、ひとつひとつきがちがうのだ。
しばふ、いけ、木、木、木、木木、木木木、木木木木。
ああ、りん、林。そうだ。
漢字方を思い出した。なにかがまちがってる気はするんだけど。
私の名前はテトラ・林だ。
ネクステージ。ピロリロリロリロリン」
もっていた端末がなる。わが組織が、私に支給した拡張現実無線網端末である。いつも業務中というわけではないが、このリアリティさがしのあいだは、この拡張現実無線網端末をつかうことが、契約で義務とされている。ただ、どうも私はこの端末にはなじまない。ロロ本語を学習しはじめてかなりになるが、端末のインターフェイスがロロ本語でかかれていると、漢字方が混乱するし、イングリッシュメニューの方が瞬間的によみやすい。というわけで、ふだんは装着していないのだが、もっていた端末がなると装着することが暗黙的に契約にふくまれているので、しかたなく、顔に装着するのだ。この視界の漢字がまざるかんじがすきになれないんだよー。
しかし、このタイミングでメッセージをおくってくるということは、全地球測位システムで私の位置を把握して、かんじかたの情報も私がつけている腕輪か首輪か靴の端末からえているのだろう。私が全身の端末を仕事のときの設定にしていないことと言語設定をきりかえてあそんでいることの情報をえているのだ。言語設定をかえてあそぶことが、ひとつめのリアリティをえる鍵だとは、つたえられていたけれど、これでネクステージにすすむことができるとは、案外と簡単な仕事なのかもしれない。
腕輪のついている左腕を上下に三回ふりふりふりふると同時に、首輪のついている首を前後に二回ふりふりふる。これで、身につけている端末が連動して、仕事のときの設定にきりかわる。端からみているといきなりおどりだしているようにみえるのだが、端末が普及した昨今では、だれも気にしない・・・たぶん。みわたしてみても、そば屋の店員が反応するそぶりはない。
世界接面に字幕がながれる。わが組織からのメッセージだ。
「いまの元はもともとです。もっともっと元が要ります。次の元を上げましょう。」
「ペーパーボーイには裏表しかないので今は見えてもよく解りません。ネクステージになれば見えるようになります。」
「エレクトロコミュニケーションズのキャンパスに向かいなさい。」


サーチテキスタイルシティの駅前には、エレクトロコミュニケーションズのキャンパスがある。窓がたくさんついた白いコンクリート建築がたちならぶキャンパスである。その構内にはいりこみ、赤い自動販売機でペットボトルにはいった清涼飲料水をかって、のむ。ベンチにすわる。タバコがすいたいとおもう。でも、私は、タバコをすうのはやめたのであった。
すわっている私にたいして、右手をあげながら、にこやかにちかづいてくる人がみえた。あげた右手をふりふりふりながら、「ハロー」と、その人は、いった。
「はじめまして。ファンキーは、ファンキー・ベルツリーという名前です。ファンキーは、あなたと同じ組織に属しています。ふだんは占教士の仕事をしています。」
ファンキーとなのったその人は、ピンクのスーツをきていた。わが組織には占教士もたくさんいる。占教士とは、わが組織の支援する教義体系のうちのどれかを人びとにといてまわる仕事である。
「はじめまして。ファンキーさん。なんのご用でしょうか?」
「それは誤用です。ファンキーは、ファンキーであって、なおかつ、ファンキーなのです。」
ロロ本語は、むずかしすぎて、つかえない。
「こんにちわ。ミスター・ベルツリー。あたしに何の用事でしょうか?」
「あなたの行っている『ペーパーガールの発見とそれに奪われたリアリティの奪還』のプログラムを支援しに来ました。あなたは第一段階を簡単にこなしました。現在は、第二段階の第二ステージです。」
第一段階をこなした記憶がないのである。
「第一段階をこなした記憶がないんだけど?」
ファンキーに、とうてみる。
「それは言葉を持たない動物には記憶がないからです。でも、第一段階の記憶も、途中からは、一人称視点の映像などが少しは残っていると思いますよ」
ファンキーは、こたえた。頭の中を検索してみる。ああ、いくつか静止画と動画がでてくる。一人称視点じゃないのがまじってるのは、だれが撮影したのだろうか。私の頭の中なのに。
「この第二段階の第二ステージでは、あたしは、何をすればいいのかしら?」
「ここでは、サーチテキスタイルシティから、スリーファルコンシティにかけてのオリエンテーリングを行ってもらいます。オリエンテーリングについては、決められた場所をまわって、クイズに答えるというものです。詳しい情報はすぐに端末に送ります。ピピピ。これは、この『ペーパーガールの発見とそれに奪われたリアリティの奪還』プログラムの中で、あなたの組織が全面支援するチュートリアルプログラムの最後のステージとなります。以降の、第二ステージは、敵であるペーパーガールとの戦いとなります。その際は、突然の通り魔の出現などに気をつける必要が生じてきます。」
オリエンテーリングについてはわかったわ。わが組織のやり方になれる卒業試験ってわけね。その後、戦いになるとして、武器はいつ支給されるの?」
「このエリアでは武器は支給されません。コードの範囲内で許される、刃渡り一寸半ほどのナイフを自分で調達してください。また、オリエンテーリング後には、資格が与えられ、占教士としての行動も可能となります。」
「ペーパーガールは銃器をもっていたりはしないわよね?」
「ペーパーガールが銃器をもっている可能性は低いです。このエリアは武器規制が厳しい代わりに、敵の持っている武器もそこまで危険なものではないことが多いです」
「わかったわ。ありがとう。ミスター・ベルツリー」


オリエンテーリングでしめされていたひとつめのポイント「サーチテキスタイルインターチェンジ」とふたつめのポイント「テイストソーススタジアム」で、私は、組織が提示するクイズにこたえて返信した。占教士としての基礎知識についての簡単なクイズだった。その後も、オリエンテーリングは、だらだらとつづき、私は、ポリススクールと、いくつかのキャンパスと、ファイアファイタースクールをめぐった。その後、「エアロスペーステクノロジーリサーチセンター」にもいったのだが、そこでだされたクイズは、こんなものであった。
「あなたがウインクできないのは、なぜ?」
私がおくったこたえは、
「ウインクしようとおもうと、もう一方の目もつぶってしまうから」
しばらく、返信をまつ。まだ、ポイントをまわらなければならないのかしら。
返信がきて、端末の世界接面に表示される。
「あなたは、このオリエンテーリングの意図がいまいちよくわかっていないようです。もう一度、あなたが、ウインクできない理由について、よく考えなさい。また、ウインクするとはこの場合に何を意味しているのかを。ウインクをできるようになれば、このオリエンテーリングは終わりです。わが組織の三級ウインク判定士が、あなたのウインクを判定するために、フルーツマーケットで待っています。そこで判定を受けるように」
わりときびしいコメントが返信されてきた。今まで自動的に返答されていたが、最後はオペレーターが返信してきたようだ。しょせん、チュートリアルじゃん、といったかんがえで、多少、あなどって、クイズに解答してきたかもしれない。
しかし、ウインクができないからって、ここまでいうことないよね、ほんと。
そもそも、出題時点で、私がウインクできないことをなんで知ってんだ。
しかも、三級ウインク判定士?、なんで三級?
くだをまきながら、私は、フルーツマーケットへむかった。


「あなたは、ウインクについて何もわかっていません」
三級ウインク判定士は、断固とした口調でいった。
「あなたのウインクは、ただ、眼輪筋を痙攣させているに過ぎません。ウインクとは、ハロー、ハンドクラップに次ぐ、占教士としての必須技能なのです。これができなければ占教士の資格は与えられません。あなたは、刃渡り一寸半ほどのナイフで、ペーパーボーイの刺客と戦うことになるのです。それではひとたまりもありません」
自動小銃とかあれば楽なのに。
「この場合のウインクには、三つの意味があります。ひとつめは、視線を受け取ったことを示すサインです。ふたつめは、片眼をつぶることによる認識の制御です。みっつめは、みっつめは、忘れました」
さすが、三級。ひどい。
「あなたは、ふたつめができていません。それは、眼輪筋と顔面神経の未発達のせいではなく、脳内における認識の問題なのです。あなたは両眼を使って、二次元の平面映像をつくっています。だから、片眼だけで二次元の平面映像をつくることができないのです。片眼だけで二次元の平面映像をつくれるようになれば、両眼をつかって二重三次元映像を構成できるようになります。支給した拡張現実無線網端末を使って、両眼に違った映像を送ることによるより高度な拡張現実を提供できるようになります」
あれは、きもちわるいからいやなんだよなあ。でも、訓練をうけたのでできるよ。こたえておこう。
「あたしは、二重三次元拡張現実を見ながら活動できるよ。訓練したもの。」
「たしかに両眼を開いたまましばらくの間は、二重三次元拡張現実を維持できるでしょう。しかし、その状態のまま、瞬きしたり、ウインクしたりといったことが、できなくては、長時間、二重三次元拡張現実を利用することはできません。ペーパーボーイは、二重三次元拡張現実を利用している間だけ、視認することができます。あなたは、相と我のかけらと卵の食べ方を、ペーパーボーイから取り戻さなくてはなりません。そのために、視覚的な次元を上げ下げできるようになる必要があるのです。」
三級ウインク判定士は、左右で交互にウインクをしながら、私に説明した。マスカラがついたまつげがラクダのようにながく、その動く様はウニを思わせた。この女は、メガネや仮面をつけていない。つまり、端末の顔パーツの「世界接面鏡」を利用していないということだ。顔はマレー人のようだが、たぶん口口本人だろう。機能支援なしでの口口本語が流暢すぎる。私よりうまい。長い髪で隠れていてみえないのだが、もし、端末の耳パーツを利用していたとしても、ここまで口口本語をしゃべれはしない。ちなみに、私は、業務中は両方利用している。一応、母語のひとつは口口本語なのだが、あまりうまくないのだ。母は六人いて母語は六つあるが、うまくしゃべれる言葉はひとつもない。
「視覚的な次元の上げ下げが重要なのはわかったわ。でも、なんでウインクなの? 認識を変化させられれば、眼輪筋を顔面神経を使って操作できるようになる必要はないわ」
私は、右眼をつぶり、左眼を半開きにさせ、眼輪筋を痙攣させながらいった。「世界接面鏡」は、スキーゴーグルと派手なメガネの中間のようなデザインなので、両眼は相手からもみえる。「世界接面鏡」のレンズ部分は特殊な光反射板であって、色のうすいサングラスと同様に、外側からはみえる。内側からは、サングラスごしの視界と反射光で網膜に投射された映像がまざったものがみえる。このまぜ方には、何種類かあって、一次元の浮遊文字列、二次元の平面画像、二次元の平面映像は、両眼にほぼ同じ情報を送ることで表示している。三次元の立体画像、三次元の立体映像は、両眼に別々の映像を送ることで表示している。これらの映像は、世界接面とよばれる網膜の画像処理過程で、現実世界の映像と、重ね合わせて処理している。
二重三次元拡張現実というのは、右眼と左眼に別々の映像を送り続けることで、右脳と左脳で別々の三次元拡張現実をつくりださせる手法である。これが、気持ち悪いんだわ。私ができるのは、現実と拡張現実が融合した映像世界一世界と、上下反転した脳内に投射された映像世界一世界なんだけどね。まばたきしながら、三十分くらい維持できるかんじ。世界が維持できなくなると網膜上の点描しかみえなくなる。ゲシュタルト崩壊以前の混乱状態で、ねおきのときみたいね。
「あなたは、右の顔面神経と左の顔面神経を別々に使えるようになる必要があるのです。そうすれば、顔面神経と脳神経に不必要に未熟な部分が減り、視覚的な次元の上げ下げがより簡単にできるようになります。そして、ペーパーボーイへの対処がしやすくなり、奪われたリアリティも奪還しやすくなるのです。ウインクのためのエクササイズ、左右の網膜上の点描を並行して見続ける練習、利き目を反転させる練習の三点を、しばらくの間、行ってもらいます。わが組織から必要な教材は送ります」
三級ウインク判定士は、そういって、さっていった。
しばらくして、教材が端末におくられてきたとき、私は、かいこんだパッションフルーツをアイスクリームにそえて、やどでたべていた。なんだか味はよくわからなかった。


2 通夜通夜比喩比喩付与付与

次に三級ウインク判定士と会ったとき、私は、自分の「記号化されたビートル」を手に入れていた。それは、ハチミツのにおいがするフェイクファーでできたくまのぬいぐるみのような現象だった。また、それは、パッションフルーツの味がする金属でできたつくりかけの太陽系儀のようでもあった。
「正解のウインクはこれね。」
そういって、私は、左眼を開き見ながら、右眼を見開いた。縦と横がぐるぐるした。
「そう、見ることは信じることなのです。三次元では能動性を信じる必要があります。これであなたは占教ができるようになりました。すぐれてよろこばしい使い方をしてください」
三級ウインク判定士は、そういって去っていった。

これが、私の冒険の始まりだった。期待を抱いて、まず、私は、交通手段を乗り継いで、タートルヒルズに向かった。ここに、なくした気体の相を取り戻すための磁性があると、三級ウインク判定士が教えてくれたのだ。磁性を帯びたもの同士はひきつけあう。私は既に磁性を手に入れた。これから足りない磁性を手に入れれば気体を手に入れることもできるだろう。



タートルヒルズの近くには、ディライトスマートのキャッスルがある。窓がたくさんついた灰色いコンクリート建築のキャッスルである。その内にはいりこみ、手水舎で、水をすくって、手を洗い、もう一度すくった水を手から飲む。石にすわる。タバコがすいたいとは思わない。その通り、私は、タバコをすうのはやめたのであった。
すわっている私にたいして、左手をあげながら、にこやかにちかづいてくる人がみえた。あげた左手をふりーふりーふりながら、「アロハオエー」と、その人は、いった。
「はじめまして。ミスターは、ミスター・ベルツリーという名前です。ミスターは、あなたと同じ組織に属しています。ふだんは占教士の仕事をしています。」
ミスターとなのったその人は、水色のスーツをきていた。わが組織には占教士もいろいろいる。占教士とは、わが組織の支援する教義体系のうちのどれかを人びとにといてまわる仕事である。ファンキー・ベルツリーとは多少顔が違うから、こいつは別人だ。
「はじめまして。ミスターさん。なんのご用でしょうか?」
「それは誤用です。ミスターは、ミスターであって、なおかつ、ミスターなのです。」
ロロ本語は、むずかしすぎて、つかえない。
「こんにちわ。ミスター・ベルツリー。あたしに何の用事でしょうか? あなたは何の目的で回ってきたお使いなのですか?」
「いえ、ピンクのスーツのファンキー・ベルツリーとは別人です。顔が違うでしょう。あなたの行っている『ペーパーガールの発見とそれに奪われたリアリティの奪還』のプログラムを支援しに来ました。あなたは第二段階のチュートリアルを簡単にこなしました。現在は、第二段階の第三ステージです。」
第二段階をこなした記憶の一部がないのである。
「第二段階をこなした記憶の一部がないんだけど?」
ミスターに、とうてみる。
「それは言葉を持つ動物には一部の記憶がないからです。でも、第二段階の記憶は、ほとんどが、一人称視点の映像などで残っていると思いますよ」
ミスターは、こたえた。頭の中を検索してみる。ああ、いくつか静止画と動画がでてくる。一人称視点じゃないのがまじってるのは、だれが撮影したのだろうか。私の頭の中なのに。
「この第二段階の第三ステージでは、あたしは、何をすればいいのかしら?」
「ここでは、敵であるペーパーガールとの戦いとなります。その際は、突然の通り魔の出現などに気をつける必要が生じてきます。」
「通り魔にあったらどうすればいいのかしら? 戦うほどの準備はできていないわ」
「まず、とにかく、全力で逃げることです。追いつかれそうになったら、両腕でお腹をガードしてください。お腹を刺されなければ、まず、死にはしません」
「戦わなくていいのかしら?」
「そういうのは警察に任せましょう。あなたが戦うべきは、あなたの記憶をくすねた人びとです。ペーパーガールには、ひとの言葉をくすねる技があります。プラスのニュアンスの言葉とマイナスのニュアンスの言葉を同時に差し引き電荷をゼロにして、抜き去るのです。また、記憶なきものを記憶あるようにすることも行います。これらは密やかに行われます。」
「でも、まずは、目の前の敵と戦う必要があるわ」
「そういうときは、人を集めることです。数は力です。そして、相手の視界をビニールシートなどで奪い、長い棒を集めて、みなで、袋だたきにするのです。通り魔とまともに戦ってはなりません」
「ええ、わかったわ。そうするわ。ちょっとしたナイフでは、たとえ襲えはしても、戦えないものね」
「それが賢明です。では、ペーパーガール用の戦い方をお教えします。これはチュートリアルではなく、過去の経験から導き出されたマニュアルです」
そういって、ミスター・ベルツリーは、私に、対ペーパーガール戦マニュアルに基づいた記憶の回収方法を教えてくれた。
「重要なのは、記憶は最終的には回復できないということです。もう一度、あるパターンでの記憶の生成の仕方を手に入れる。そのために、記憶泥棒であるペーパーガールとの対決が必要になるのです」
「とられたのは、記憶なのかしら?」
「ペーパーガールがとったのは記憶だけです。彼女はそういう泥棒なのです。相と我の欠片と卵の食べ方についての記憶をとっていったことがわかっています。」
「他にもとられた現象があるわね。」
「時間泥棒を行う『透明な存在』と、空間泥棒を行う『漂白された虚無』、名前泥棒を行う『何ともいえない何か』について、組織の方では調査を進めております。ただ、なにぶん組織体力の方が足りませんので、情報はおいおい判明次第追加していきたいと思います」
「まあ、そんなところよね。私の記憶と時間と空間と名前らしき何かを探すゲームだもんね。このリアリティスティールの脚本家をあぶりだすのも一苦労ね」
「なにぶん、リアリティは高価なものですから。みな、自分のものにしたがるのです。それを束ねるのが組織の役割なのですが、一度散逸してしまいますと、きれいにまとめるまでは手間暇がかかります。今暇であっても、生の手間がかかるのでありますよ」
「記憶泥棒のペーパーガールは、手間人よね。時間泥棒の透明な存在は、今人。空間泥棒の漂白された虚無は、暇人。名前泥棒の何ともいえない何かは、生人ね」
「その通りであります。組織の持っているリアリティは相互依存しており、ループしています。切り取り方や持ち出し方によって、構成と生成の仕方は変わってくるのであります。ちょうどいい機会なので四分法で見取り図を描いておきましょう。それによって、物事の切り取り方が決められます。どういう切り方がお好きですか」
「ベースグルーヴが好きね。」
「ベースということは、あとの三つは、ドラムとギターとヴォーカルですね」
「ロックミュージックやパンクミュージックならね」
「ベースというのはさっきの四分法でいうと何にあたるのでしょうか?」
「記憶がベース、時間がドラム、空間がギター、名前がヴォーカルだと、あたしは思うわ」
「それでは、その線で、対ペーパーガール戦の構成を行います。言葉としてしゃべる場合は、先ほどのマニュアルにある通り、ベース=モーラ、ドラム=アクセント、ギター=メロディ、ヴォーカル=フォルマントで、お願いします」
「えぇ、わかったわ。歌を、詠ったり、唱ったり、謡ったり、唄えばよいのよね」
「ええ、たぶん。たぶんというのは、わたくしが聞いても区別はつきませんからね」
「音韻論的には、その四分法でいいとして、統語論的にはどうなのかしら、また、意味論的には?」
「それは、みなさん、自分でお決めになられます。磁性でひかれあうペーパーガールから相と我の欠片と卵の食べ方を手に入れてからで、かまわないですよ。音韻論から確定させるのが王道ですから」
「横道?」
「王道と覇道の王道です」
「ああ、縦道と横道の二分法ではない方ね。二分法はたくさんあって、組み合わせも好きずきだからわかりにくいわね」
「四分法とて同じです」
「すてきな八分法も一つは考えておいた方がいいって、マニュアルに書いてあったわ」
「明確な八分法を構成するのは、難しいです。八つに分けて、意味の構成に役に立つかもわかりません」
「まあ、一応、つくっておくわ。せっかくなんだから」
「どうぞ」
私は、しばし、考える。記憶でできた蛸のような現象を。
「猫、犬、鳥、虎、馬、羊、牛、猿」
「おお、よいですね。意味づけもしてますか」
「もちろん、している。人と人との交流の種類の比喩的表現として使うつもりよ」
「ああ、今は説明はいりません。これからのペーパーガールとの戦いでの記憶の再構築に使ってください」
「そうね」
ベルツリーとわかれた私は、手水で、もう一度、口をすすいだ。そして、手をもう一度洗い、磁性の赴く方へと向かった。


「こんにちわ。わわわわわ。わはあはは。」
世界接面から雪が溶け出してきたかのように、その女は現れた。私は嗤われた。
慌てて、拡張現実無線網端末のゴーグルを外して、周りを見回すと、かざしたマントにロボットアームプロジェクタから周囲の映像が投影された、透けて見えて薄っぺらそうな三人組の人たちがいた。
「あなたたちがペーパーガールなの?」
「そうよ、私はあなたのペーパーガールとして組織から任命されたカラーガール」
中央の人が答えた。
「組織が任命? もうそんな陰謀論的な諜報戦が始まっているの?」
「そんなことはないわ。カラーガールは陰謀論しか言わないの。私はピアノガール」
向かって左の人が答えた。
「あなたの音韻は奇妙ね」
「そんなことはないわ。ピアノガールの音韻はアクセントが強すぎるだけ。私はヘアピンガール」
向かって右の人が答えた。
私は、この奇妙な状況が、現実的であることを受け入れ、彼女たちから、なんとしてでも、私の失われた記憶の相と我の欠片を取り戻し、卵の食べ方を得なければならないと思った。
そのために、まず、私は、相手に勝手に名前をつけることにした。対ペーパーガール戦マニュアルの要約その一、相手の提示したバカげた名前を使って喋ってはならない。
中央が「色襟」、左が「襟襟」、右が「くねくね」、私は、彼女たちの見た目からそう記号化して処理対処することにした。
中央の×カラーガール.○「色襟」は、襟が縦に長く、襟の先が六色に分かれながらクジャクの尾のように広がっているシャツを、マントの下に着ていた。カラーのカラーとは何かを考えさせられるので「色襟」である。
左の×ピアノガール○「襟襟」は、左襟だけが異様に長く、右襟と合わせてみれば、横からはアンモナイトのように見える模様が入っていた。首にアンモナイトが巻き付いているようだった。襟の同一性について考えさせられるので「襟襟」である。
右の×ヘアピンガール○「くねくね」は、髪にたくさんのヘアピンをつけており、髪が全域にわたって、くねくねになっている。首周りもくねくねの髪に覆われていて、襟がないにもかかわらず襟首がくねくねしているように見えるので、「くねくね」である。
「私たちは磁性にひかれあってここにいるのよね。あたしの相について、気体について、教えてほしいのよ。ペーパーガールが、わが組織から、私の相を盗んでいったことは、返してくれれば、水に流すよう、わが組織へ要望するわ」
私は、やさしく交渉を始めた。
色襟が言う。
「あなたは、組織が何であるか。わかってるのかしら。組織は個別なもので、私は、あなたと共有できる記憶の相はもっていないわ。もちろん我の欠片もね。あなたの組織の陰謀によってあなたは動いているに過ぎないのよ」
横で襟襟のロボットアームが踊りながら、色襟の服に抽象幾何学模様を投射している。
対ペーパーガール戦マニュアルの要約その二、陰謀論を語ったときには無視せよ。
「舌戦や音戦をやるしかなさそうね。何で勝負しましょうか」
「ゲームのルールが明確で、なおかつ、記憶の相と我の欠片を賭けて、楽しめる言語ゲームね。今回は気体とあなたの記憶の欠片を、私たちからあなたへ、あなたからは、さらなる現象、時の相と磁性をいただきたいわ。よろしいかしら」
「いいわ、ゲームは、しりとり、山手線ゲーム、連歌の三連戦でどうかしら。勝敗の付け方はゲームの進行によって変化するにしても」
「それはルールが明確といえるのかしら」
「心理ゲームも含んだ言語ゲームだからね」


私は、苦戦しながらも、ペーパーガールから、必要な相と記憶の欠片を取り戻すことに成功した。
卵の食べ方に対しても、ふわふわとした気体をうちに含んだ食べ方を、できるようになった。
メレンゲプリンを食べながら、私は、今回のペーパーガールとの戦いを思い出そうとしたが、そこの記憶は代わりに凍結されて失われているのだった。だが、磁性を失ったとはいえ、代わりに相と時制を文法に手に入れることができた。
我の欠片とは、今回は時制の自制の自省のことであった。辞世の句のことではなかった。
私は、お気に入りの歌を一首、声に出しながら、これからのことについて考えていく。
「おおうみの いそもとどろに よするなみ われてくだけて さけてちるかも」
「大海の 磯もとどろに よする波 われてくだけて 裂けて 散るかも」
連戦の疲れで語頭が脱落してしまう。
「おーうみの いそもトドろに よするなみ あれてあけて あけて いるかも」
海と波に映る空と光が、辞世ではなく、自生を感じさせる。
ロロ本語生成エンジンに捧げる一句である。